第2回講義レポート 宮崎県綾町有機農業研究会 会長 北野将秀氏「自然の力を生かした栽培と土づくり」

2022.09.16

以下、事務局がまとめた伊那谷有機農業塾第2回のご講演(宮崎県綾町有機農業研究会 会長 北野将秀氏)の要旨です。

町の条例で化学肥料・農薬不使用

 私は宮崎県の綾町で自然生態系に配慮した農業、いわゆる有機農業を営んでいます。元々、実家は40年続く農家だったのですが、継ぎたくなくて一度は逃げるように上京し、貿易業を営んでいました。しかし、出張先のアフリカや中東で、人口の多さを目の当たりにしたことと、食べ物が美味しくない経験をしたことで、このままでは世界人口の増加に伴い、質と量の面で食料問題が深刻化するのではないかという危機感を強く感じるようになりました。それで、しだいに私のなかで食や農業への関心が高まっていったのですが、ふと実家のある綾町のことを思い出しました。自然生態系に配慮した農業をまちぐるみで推進していたなと。それで思い切ってUターンし、2013年に就農。現在5.5ヘクタール、年間19種類の野菜を有機栽培しています。
 綾町は全国的にも有機栽培に力を入れている町として有名です。1988年に「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定、行政が主導するかたちで有機農業を推進してきました。条例には“化学肥料、農薬などの合成化学物質の利用を排除すること”、“遺伝子組み換え作物の栽培は行わないこと” といった内容を盛り込んでいます。今から40年も前にこうした決意表明をしていることは本当に先進的だと思います。有機農業に舵を切ったきっかけは地域の活性化を図るためでした。綾町は観光資源に乏しく、有機農業が地域振興の切り札だったのです。
 長い取り組みの結果として、現在、綾町では、まちぐるみで有機農業に取り組む体制が築かれています。有機農業を推進しているJAはあまり多くないと思いますが、JAも一体となって有機農業を推進する体制ができています。また、生産者は自分の圃場だけでなく、畔などの周辺環境も含めて、地域全体で自然生態系に配慮した農業に取り組もうという意識を持っています。

“バランスのよい土づくり” が有機のキモ

 私が有機農業に取り組むなかで重要だと考えていることをお話します。ただ、あくまで綾町で有機農業をしている私の考えであり、すべての地域で当てはまるものでないことは事前にお伝えしておきます。
 そのうえでまずお話したいのは、有機農業のキモは“バランスのよい土づくり”であるということです。具体的には、「物理性」「化学性」「生物性」のバランスが重要で、慣行農法が物理性と科学性の2つを重視しているのに対し、有機農業は加えて「生物性」も重視していることがポイントです。
 それぞれについて、詳しくお話していきましょう。まず「物理性」とは、透水性や保水性、通気性の良否や団粒構造などのことです。物理性の良い土は小さな粒子がたくさん集まって団子状になっており、これを「団粒構造」と呼びます。団粒構造が形成されると、土の粒と粒の間に隙間ができ、ここに空気や水が入り込むことで透水性、保水性、通気性のよい土になるのです。では、どうすれば団粒構造をつくることができるのか――。答えは土壌の微生物を増やすことです。微生物が有機物を食べて分解し、「グロマリン」という粘着性のある物質を吐き出します。これが土壌の粒子をまとめて団粒構造を形成します。ただ、微生物を増やすことは時間が掛ることであり、一朝一夕にはできない点が難しいところです。
 次に「科学性」です。科学性とは、土壌中の窒素・リン酸・カリといった養分を保持する力や、pHの状態のことを言います。作物を育てるうえで、窒素・リン酸・カリといった養分が必要不可欠であることは農業の基本中の基本ですが、それをどのように土壌に含有させるかで、農法が変わってきます。
 最後に「生物性」です。土のなかに微生物がどれだけいて、どれだけ活発であるかを表すもので、先ほども話しましたが、有機農業の特徴はこの生物性を重視している点にあります。そのため、有機農法の畑は慣行農法の畑に比べて微生物が多くいます。私の畑を専門機関に調べてもらったところ、乾土1グラムあたりで3100万もの微生物がいるそうです。
 有機農業では、土のなかの微生物を増やすために有機物を畑の外から持ってきたり、あるいは土のなかで微生物が増えるように環境を整えてあげたりします。畑の外から持ち込む有機物は、「緑肥」と「堆肥」に大きく分けられます。緑肥とは肥料となる植物を畑で育てて、腐らせずにそのまま畑に漉き込むものです。
 緑肥は農作物の品質や収量を低下させるセンチュウの抑制効果がありますし、土に根が張ることで土の団粒化や水はけ、保水力の改善に高い効果を発揮します。また、大気中から取り込んだ窒素を土のなかに固定してくれるので、土壌の窒素肥料分を増やすことも期待できます。
 もうひとつの「堆肥」は牛糞や豚糞、鶏糞などの動物堆肥と、落ち葉や木の葉を原料とする植物堆肥に分けられます。いずれも、完熟させることが必須条件です。生に近い状態で投入すると硝酸態窒素が増え、野菜に苦みが出ます。また、少し傷ついただけで虫の被害に遭いやすくなります。

病害虫対策には太陽熱処理などが有効

病害虫対策には太陽熱処理などが有効

 有機農業での病害虫との向き合い方についてお話します。有機農業は慣行農法のように農薬を使わないため、病害虫対策が悩みの種です。
 まず強調したいのが、「物理性」「化学性」「生物性」のバランスのよい土ができていると、病害虫の被害に遭っても回復が早い、強い農作物をつくることができるということです。例えば、私の畑ではアブラナ科の葉物が虫食いの被害に遭っても、約20日後にはかなり回復して元気に育ちます。
 「太陽熱処理」も病害虫対策として有効です。これは作付け前にビニールマルチを張り、太陽熱で50~60℃くらいまで土壌の温度を上げることで、雑草の種や病原菌、害虫などを死滅させる技術です。ポイントは、できるだけビッチリと張り酸素を断つこと、土のなかに米ぬかなどの堆肥を入れ込むこと、水分を含ませておくことです。
 このほかにも、有機農業の病害虫対策はいくつかあります。例えば、防虫効果があるとされるハーブなどのコンパニオンプランツを一緒に植える、微生物の働きでミネラルバランスに優れるバイオミネラルウォーターを育苗時の水やりに使用する、夏季に畑を湛水させるといった方法もあります。

炭素固定で、地球温暖化対策にも

 話は変わりますが、有機農業は、世界的に対応が求められている地球温暖化問題へのソリューションとして期待できると考えています。
 野菜は空気中の二酸化炭素と水で光合成を行い、その結果として炭素を体内に取り込みますが、その4割が根から土壌に送られます。そのため、農業を通じて空気中の炭素を土壌に固定することが期待できるのです。
 根から土壌に炭素が送られる際には微生物が介在します。すなわち、微生物が多いほど土壌に炭素が多く供給されることになります。有機農業の土壌は微生物を多く含みますので、炭素固定が慣行農法より期待できます。
 有機農業の畑のなかでも綾町の畑は炭素量がかなり多いことが分かっています。全国の他の有機農業の畑と比べて約10%多い。40年間、農薬、化学肥料、除草剤を使わない農業を続けてきたことで、土壌の微生物の量が増えて、より多くの炭素を固定できるようになったからだと考えられます。
 土壌の潜在的な炭素固定量は大気のそれよりもはるかに多いと言われています。それだけに、微生物を増やし土壌を回復することは、すなわち気候を大きく回復することにつながるのではないでしょうか。

行政のバックアップが不可欠

 有機農業を営むうえで、気になることは出荷先ではないでしょうか。
 私の出荷先はグリーンコープが6割、イオンが2割、ネット販売・ふるさと納税が2割です。このうち、ふるさと納税は利益率が高く、これから有機農業を営むことを考えている方にお勧めです。
 綾町では多くの農家が「綾手づくり本物センター」という直売所に野菜を出荷しています。綾町は人口6,800人あまりですが、対してここの来場者は年間約21万人にものぼります。直売所は普通通りすがりに立ち寄るケースが多いですが、この直売所は“目的地”になっています。ここに来れば安全・安心な農作物を購入できると考えて来るのです。
 消費者にこのようなイメージを持ってもらえるようになったのは、行政が綾町を有機農業のまちとしてブランディングしてきた結果です。行政のバックアップにより、個人の農家ではできないことを実現したと言えるでしょう。
 有機農作物は国が「みどりの食料システム戦略」で国策として推進していこうとしていますし、SDGsという文脈でも、今後大きく成長する可能性のあるマーケットだと思います。ただ、よいものを作れば必ず売れるというわけではなく、売る力が必要になります。その部分を、綾町のように行政がバックアップすることで、地域単位で有機農業を推進していくことができます。ぜひ伊那市を中心とする伊那谷でも、行政と生産者がタッグを組んで有機農業のモデル地域になっていただくことを願っています。