第4回講義レポート 株式会社山都でしか 代表取締役 八田祥吾 氏「日本有数の“有機農業のまち”から学ぶ地域づくり」

2022.11.11

以下、事務局がまとめた伊那谷有機農業塾第4回のご講演(株式会社山都でしか 代表取締役 八田祥吾 氏)の要旨です。

地域課題の解決で事業を創出

 今日は私が代表を務める「山都でしか」という会社の事業の紹介を通じて、熊本県山都町で取り組んでいる有機農業を核とした地域づくりのお話しをしたいと思います。
 まず、熊本県山都町についてですが、人口は約1万5000人で、九州のほぼ真ん中に位置します。標高は300m~900mくらいと準高冷地で、伊那谷と似た気候です。標高が高くて涼しいことで害虫の被害を受けにくいことなどから、有機農業に適した土地で、町を挙げて有機農業を積極的に推進しています。有機JAS認証の登録事業者数は45件で、日本の市町村では最も多い数です。
 私自身は農家の4代目で、ミニパプリカを80a、米を250a作っており、米は合鴨農法で有機JAS認証を取得しています。親からは「農家にはなってほしくない」と言われて育てられました。そのため、農業系の学校には進まず、普通高校、普通大学に進学し、会社員を経験しました。ただ、大学生の時に、色々なことを学び経験するなかで、農業は商売の面で可能性があり面白いのではないかと考える様になりました。それで、会社員をしながら流通などの勉強をして将来的に農業に携わる準備をした後、8年前に山都町に戻り親を説得して農業を始めました。
 ちょうど農業を始めた頃、山都町主催の「山都町食農観光塾」が開催され、ここへの参加が「山都でしか」を立ち上げるきっかけになりました。
 この塾は、食・農・観光といったテーマでの地域振興を目的に、山都町役場、食と農業専門のコンサルティング企業「アグリコネクト」、JTBが設立したものです。塾では、参加メンバーでチームをつくり、地域課題を見つけ、その課題を解決する事業の立ち上げを目指しました。2年間のプログラムで、1年目はビジネスアイデアを考案し、2年目には実際にそのアイデアを事業化して実施するという非常にスピード感を重視したものでした。当時、山都町は熊本県で消滅可能性都市ランキング2位でしたので、山都町役場はこのプログラムにとても熱心で、それに呼応するように参加者の熱量も高まりました。
 そのような中で、2016年に熊本地震が起きました。山都町は農地の被害が甚大でしたが、周辺の益城町などに比べて地盤がいいので家屋の被害はあまり出ませんでした。それで、困っている周辺地域を助けようと、塾の仲間とおにぎりを作って配りに行くなどの支援をしました。食べ物をつくっている農家は強いなと感じると同時に、山都町を大事にしていきたいという想いが強くなり、塾の参加者を中心に地域振興を行う事業会社として2017年に立ち上げたのが「山都でしか」です。山都町「でしか」できないことに取り組むという想いを社名に込め、豊かな山都を『農』でデザインすることを経営理念に、人材育成・地産地消・ブランドづくりに取り組むことにしました。

有機就農の受け入れ機関をつくる

有機就農の受け入れ機関をつくる

 山都でしかで具体的に取り組んでいることを説明します。その一つが人材育成事業です。
 会社の設立当時、山都町では有機農家の育成が課題となっていました。山都町は“有機の町”として知られ、有機農家として新規就農を目指す移住者が急増していました。しかし、有機農業を始めたい移住者への対応ができる受け入れ機関がなく、山都町にスムーズに移住できない状況でした。
 そこで、「山都でしか」は、有機農家として新規就農を目指す移住者向けの受け入れ機関の設立に向けて動きました。熊本県の担い手・企業参入支援課が中心となり、熊本県農業公社、JAグループ、熊本県地域振興局、山都町農林振興課が協力・支援するかたちで、新規就農者の受け入れ機関を設立しました。
 この機関を設立するうえでポイントとなったのは、あらかじめ合意形成を図らなかったことです。複数の関係者が絡む組織を作る場合、あらかじめ各関係者に根回しをして合意形成を図っておく方法が一般的だと思いますが、それではスピード感を持って事が進みません。そうならないために、まず熊本県に相談し、ある程度、受け入れ機関の概要が固まった後、関係者に了承していただくように説明に行きました。もちろん、このような方法をとると色々なところからお叱りを受けますが、実際に受け入れ機関ができたことに対して、今では関係者の方々は良かったと思っていただいていますので、結果的には間違っていなかったと考えています。
 「有機農業の学校」も設立しました。有機農家を目指す新規就農者が抱える課題の一つに、有機農業の技術の習得があります。一般的には、先輩の有機農家に研修に行き実地で学ぶ方法をとりますが、各農家で農法が異なりますし、必ずしも系統だって教えてもらえるとも限りません。そのため、研修とは別に、有機農業に関する知識や技術を教える学校を作ろうと考えたのです。こうした取り組みなどが奏功し、山都町では有機農業での新規就農者の定着率は100%と高い実績をあげています。

“町民に対する”町のブランド化

 山都でしかでは、“町民に対する”町のブランド化事業も行っています。外から来た移住者は、そもそも山都町に魅力を感じて移住するわけですが、そこで生まれ育った人は灯台下暗しで、意外と町の魅力を知らない場合が多い。しかし、そもそも町民が自分の町の魅力を知らなければ、地域振興はできません。
 そこで、私たちは、町民向けに町の魅力を知ってもらうイベントを開催しています。例えば、町民向けの「レストランバス」の運行です。町の様々な農家の圃場をめぐり、その取り組みを説明してもらったうえで、その農家で採れた野菜をバスの厨房で料理して食べるというものです。大好評で、チケットは即完売しました。また、町にはクラフトビールの醸造所がありますが、そこでクラフトビールづくりのイベントも実施しており、こちらも大変好評を得ています。
 町が元気になるためには、そこに住んでいる人自身が町を愛することが重要です。言い換えれば、町民自身が町を愛さなければ、地域は元気になりません。そのため、こうした“町民に対する”町のブランド化事業の意義があると思いますし、これからも取り組んでいきたいと思っています。

山都町に泊まるところをつくる

 山都でしかでは、農泊推進事業も行っています。日帰りではなく滞在してもらうことで、有機の町である山都町の魅力をより広く深く知ってもらえますが、山都町には宿泊施設があまりありません。
 そこで、既存の地域資源を活かして宿泊できる方法として考えたのが農泊です。農泊であれば、農家の家を宿泊施設として活用でき、加えて、農体験の観光コンテンツを提供することもできます。この農体験というのは必ずしも特別なものである必要はなく、農家の普段の暮らしを追体験してもらうだけでも観光コンテンツになり得ます。例えば、農機具の運転を体験してもらったり、あぜ道を歩くという、地元の人にとっては当たり前のことが、都会に住んでいる人からすると貴重な体験だったりします。

食育や拠点づくりなどで、有機農業の町を具現化

食育や拠点づくりなどで、有機農業の町を具現化

 “有機農業の町”というイメージを具現化することにも取り組んでいます。山都町は有機JAS認証の登録事業者数が日本で最も多いことなどから、2021年に「SDGs未来都市」として認定を受けました。しかし、SDGsと有機農業を絡めたかたちで、具体的にどのような取り組みを行うか、そのイメージは明確でありませんでした。そこで、私たちが山都町役場から依頼を受け、SDGsと有機農業を絡めた事業に取り組んでいます。
 その一つが、小中学校への食育講義です。山都町の農家から有機農業や食の重要性などについて話を聞いたり、味噌作りを体験するといった内容です。また、有機農作物を通じて企業のSDGsに貢献する取り組みも行っています。地元のホテルと有機農家をつなげ、ホテルに有機農家の作った有機農産物を使ってもらうというものです。ホテルにとっては、安全安心で環境に配慮したおいしい食材を使っていることをアピールでき、有機農家にとっては売り先の確保につながります。
 “有機農業の町”のイメージの具現化という点では、有機農業の拠点づくりにも取り組んでいこうと考えています。山都町は多くの有機農家がいるにも関わらず、町のなかで有機農産物を買ったり食べたりすることができる場所がありません。そこで、観光地である「通潤橋」の近くに、有機農業をテーマにした拠点をつくることを山都町役場と検討しています。地元野菜を使ったレストランや、農泊やキャンプができる場所、町民と交流できる場所、親子で農体験ができる場所を設けるほか、生産者と交流しながら野菜を購入できるファーマーズマーケットの開催などを検討しています。
 このように、私たちは有機農業を核に、山都町の地域振興に向け、様々なことに取り組んでいますが、大事に考えていることが二つあります。
 ひとつめは、行政の「できない」を「できる」に変える実施組織になることです。これは、行政との仕事をスムーズに進めるうえでたいへん重要なポイントです。行政も地域振興に貢献することを考えてはいるものの、マンパワーなどの理由からできないことも多いのです。そこで、私たち民間が、国の補助金獲得から企画提案、事務局業務まであらゆる仕事を担い、町役場の仕事は増やさないようにする。これにより、行政と良好な関係を築くことができ、地域振興事業を進めやすくなります。実際に山都でしかは、このようなやり方で山都町と非常にスムーズに仕事を進めています。伊那市でも民間と行政が連携して有機農業を推進する上で、参考にしていただければと思います。
 ふたつめは、自ら“楽しむ”ということです。会社の設立当初は町のためになることをしなくてはいけないという使命感に駆られた部分が大きかったのですが、それだけでは長く続かなかったと思います。私たちがワクワクすることが山都町の地域振興にもつながる。この姿勢が持続的に地域振興に取り組む上で、重要だと思います。
 ワクワクする事業を行うために必要なことは、行政の先回りをして提案する姿勢です。ただ行政から言われたことをするのでは、踊らされているだけでワクワクできません。そうではなくて、自らが地域振興のために何ができるか主体的に考え、先回りして提案して“自ら踊る”姿勢が、ワクワクするポイントだと言えるのではないでしょうか。