第5回講義レポート いすみ市農林課農政班主査 鮫田晋氏 / 農事組合法人みねやの里代表 矢澤喜久雄氏「有機米を学校給食に~いすみ市の公民協働による有機米産地形成モデル」
2023.01.13以下、事務局がまとめた伊那谷有機農業塾第5回のご講演(いすみ市農林課農政班主査 鮫田晋氏 / 農事組合法人みねやの里代表理事 矢澤 喜久雄氏)の要旨です。
――いすみ市農林課 鮫田晋氏のご講演要旨――
日本初、学校給食のお米をすべて有機米に
千葉県いすみ市は学校給食のお米全量に地元の有機栽培米を採用しており、こうした取り組みは人口2000人以上の自治体としては日本初です。今日は学校給食の全量有機米化に至った経緯や苦労、今後の展望などをお話しさせていただければと思います。
まず、市の概要について紹介させてください。人口は約3万6000人、房総半島南東部に位置する田園が広がる地域です。東京都心から電車で約1時間半と大都市圏に近い場所にありますが、開発の影響から逃れたことで、昔ながらの里山・里海が残っています。
近年は、世代を問わず移住者に人気があります。実は私も移住者で、東京でサラリーマンをしていましたが、大好きな趣味のサーフィンを身近にできる環境を求めて、いすみ市に移り住みました。
いすみ市が学校給食への有機米の採用を推進するようになったきっかけは、兵庫県豊岡市の取り組みでした。豊岡市はコウノトリの郷と知られており、その活動を知った市長がいすみ市にも豊かな自然の象徴であるコウノトリを呼びたいと考えました。それで、2012年に「自然と共生する里づくり連絡協議会」を設立。このなかに、環境保全型の農業を推進する部会をつくりました。翌年2013年に、後ほどお話しをいただく農事組合法人みねやの里代表理事 矢澤喜久雄さんを含む3人の農業者が無農薬のお米作りに挑戦しましたが、ほとんど収量を得られず失敗しました。
ふつうならここで諦めるところかもしれませんが、翌2014年に改めてチャンレジ。専門的な栽培指導が必要と考え、有機稲作の第一人者として知られるNPO法人民間稲作研究所・理事長の稲葉光國先生を講師に招き指導を仰ぎました。その結果、少しずつ収量を増やし、2015年には4トンを収穫。同年、みねやの里の矢澤さんの強い意向もあり、市長の承諾を得て、収穫した4トンの有機米を学校給食に採用しました。そして2017年にはいすみ市の学校給食で使用するお米の全量42トンの有機米化を実現しています。
有機米化でご飯の残食率が減少
学校給食での有機米採用の効果は大きく、様々なメリットをもたらしました。
その一つが学校給食でのご飯残食の減少です。学校給食のご飯の残食率は有機米の導入を開始した2017年は約18%でしたが年を追うごとに下がり続け、2020年は10%にまで減少しました。さらに、お米だけでなく“給食全体”の残食率も減少し、2017年の約14%が2022年には約10%になりました。お米が美味しいとおかずも残さず食べるようになるというわけです。
また、学校給食への有機米の採用を通じて“オーガニックのまち”というイメージが全国に広がり、地域の認知度向上とイメージアップに大きな効果をもたらしました。特に2017年に学校給食での全量有機米化を実現してから、その効果はかなり大きくなりました。移住者の増加にも繋がっています。
学校給食で有機米の採用を推進する施策は、いすみ市の有機農家を増やし、“有機米の産地”とすることにも繋がっています。有機農家は自ら販路をつくる必要があり、これが有機栽培に取り組むうえでの大きなネックになっています。しかし、学校給食という売り先をつくることができれば、有機農家は安心して栽培に取り組めます。
いすみ市の場合、学校給食で使用するお米全量42トンの供給を賄うために、10~15人の有機農家が必要になります。つまり、学校給食の需要を通じ、10~15人の有機農家に安定した売り先を提供することができるのです。これは収入が安定しづらい新規就農者にとっても大きな魅力であり、実際に学校給食に有機米を採用していることに魅力を感じ、いすみ市で新規就農する人もいます。
学校給食で使用するお米の全量有機米化を実現した後は、首都圏での販売にも着手しています。有機米づくりに取り組み始めた当初から、いすみ市では実は学校給食への採用の他に、首都圏での販売も考えていました。しかし、ただ有機米であるというだけでは訴求力が弱いと考え、まずはいすみ市での学校給食全量有機米化を達成し、これをブランド価値として首都圏での販売に2017年から打って出たのです。いすみの子どもたちの学校給食に採用されているお米ということで、「いすみっこ」というブランド名で販売し、好評を得ています。
国内外で有機給食への関心高まる
有機給食への社会的関心は世界的に高まっています。例えば、イタリア、フランス、韓国などが給食への有機農産物の導入を推進しています。このうち韓国では小学校・中学校・高等学校において無償で有機給食を提供しています。
日本でも国が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」の中で、今後行う具体的な取り組みとして「持続可能な地場産物や国産有機農産物を学校給食に導入する取組の推進」という項目を盛り込んでいます。また、市民レベルでの関心も非常に高まっています。昨年10月、学校給食に有機農産物の導入を働きかける生産者グループや市民団体が東京で開催した「全国オーガニック給食フォーラム」の参加者は、オンラインでの参加も含めて約4000人にもなりました。
一方で、学校給食に有機農産物を導入すると、給食費が値上がりするのではないかと懸念する方もおられるかもしれません。しかし、実際の値上げ幅はそれほどでもありません。いすみ市では有機米の方が慣行農法米よりキログラムあたり150円ほど高いですが、一食あたりのご飯が85グラム、1か月あたり平均13.5食を学校給食で支給したとして、有機米にするための追加費用は一人あたり172円程度です。ただ、そうは言っても、給食費の値上げは家庭の所得に関わるナーバスな問題ですので、値上げは難しい。そのため、いすみ市では、慣行農法米と有機米の価格差を市の一般財源で賄い、給食費に転嫁しないようにしています。
地元の有機野菜も給食へ
いすみ市では、2018年からお米に加え、「自然と共生する里づくり連絡協議会」の中に「有機野菜部門」を設置し、野菜の学校給食への採用にも着手しています。2021年度時点で学校給食への有機野菜の採用率は12~13%ほどで、品目はニンジン、コマツナ、ジャガイモ、タマネギ、ニラ、ネギ、ダイコン、キャベツです。
いすみ市では、給食への野菜の供給体制は、青果店・県学校給食会が学校給食センターに供給するというものでした。たしかに、これは市場野菜を安定的に供給できるメリットがあります。しかし、青果店・県学校給食会の野菜の調達先はほとんどが市場で、そこにいすみ市のものはなく、学校給食センター設立以来、いすみ市の野菜は一度も使ったことがないという状況でした。
これでは地産地消の観点からいけないと考え、2018年、いすみ市農林課が事務局となり「有機野菜連絡部会」という市内生産者のネットワークをつくり、直売所を通じて、学校給食センターへ野菜を供給する仕組みを構築しました。
直売所への出荷については、いすみ市農林課職員が「コーディネーター」の役割を担い、学校給食センターから使用する野菜の需要を聞いたうえで、どの生産者にどの野菜をどれだけ出荷してほしいか計画をつくり、生産者への連絡と調整をしています。
市役所の職員が担当するか、民間に委託するかは自治体ごとで状況は異なると思いますが、いずれにせよ、学校給食センターの需要に合わせて生産者グループの供給を調整する必要があるため、このコーディネーターの役割が非常に重要になります。
学校給食への有機野菜の供給体制が構築できたため、このノウハウを活用し、保育所給食への有機野菜の供給も来年度に向けて計画しています。
有機給食と連携した食・農・環境教育も
いすみ市では有機給食と連携した食・農・環境教育にも力を入れています。食、農、環境は互いに密接に関わっており、本来はこれらを結びつけた一体的な教育を行うことで、自分の地域や暮らしを理解できると思います。しかし、多くの場合、日本の教育は実際にはそうなっておらず、その結果、子どもたちは教科書で勉強することと実際の暮らしが乖離していると思ってしまう懸念があります。
こうしたことから、2016年から、食、農、環境を一体的に扱う教育プログラム「いすみ教育ファーム 田んぼと里山と生物多様性」を策定、小学生5年生の総合的な学習の時間の30時限を割り当てています。専用の教科書による座学に加え、農家の協力を得て、有機給食に採用しているお米を作っている田んぼでの田植えや収穫などの体験を行っています。
現在、こうした教育プログラムを4校で実施していますが、どのような環境や人の縁のなかで自分たちの食や暮らし、地域が成り立っているかを子どもたちが実感を持って理解してくれているように思います。子どもは地域の未来の担い手であるだけに、これからも有機給食と連携した食・農・環境教育にも力を入れていきたいと思っています。
――農事組合法人みねやの里代表理事 矢澤 喜久雄氏のご講演要旨――
ホタル、メダカ…農村の生きものを守りたい
先ほど、いすみ市役所の鮫田さんからもご紹介いただきましたが、私は農事組合法人みねやの里の代表理事をしており、いすみ市が学校給食での有機米の採用に取り組み始めた当初から関わっています。
みねやの里はもともと小さな集落の農家22戸が参加する集落営農組合として立ち上げたものです。集落を維持したい、地域の農地を荒らしたくないという想いで運営しています。主食用米8ヘクタール、種もみをとるための米(採種栽培)3.5ヘクタール、稲発酵粗飼料3.3ヘクタール、食用ナバナ2.4ヘクタール、柿3.5ヘクタールを栽培しています。
このうち主食用米については、半分ほどを有機栽培で取り組んでいます。以前は農薬や化学肥料を使用していましたが、いつからかホタルやメダカ、赤トンボなど、昔は農村で当たり前に見られた生き物が見られなくなってきて寂しいという“素朴な想い”で、農薬をなるべく使わない農法に舵を切りました。
2008年に、減農薬・減化学肥料で千葉県の特別栽培認証「ちばエコ」の産地の指定を受けました。当時、指定を受けた農家は千葉県内で約4%しからおらず、比較的早く環境配慮型の農業に取り組んでいたと思います。
集落維持のため有機栽培に踏み出す
減農薬・減化学肥料から一歩進めて、有機栽培に取り組み始めたきっかけは、2012年にいすみ市が「自然と共生する里づくり連絡協議会」を設立し、環境配慮型農業のモデルエリアとなったことです。たしかに、有機栽培はハードルが高いと思いましたが、小さな営農組合がこれまでと同じことをしていたのでは将来的に集落を維持できないという危機感から、“失敗してもいい”という覚悟で、思い切って一歩踏み出すことを決めました。
翌2013年、まずは22アールから始めました。知識も技術もなく手探りでしたので、おそらく雑草だらけになるだろうと予想していましたが、案の状雑草だらけ。どこに稲があるのかわからない状況で、除草に大変手間が掛り、収量もわずかで大失敗でした。それで、しっかりと勉強しなくてはいけないと思い、NPO法人民間稲作研究所・理事長の稲葉光國先生を講師に招き指導していただきました。技術の面だけでなく、なぜ有機農法が必要なのかといったことまでお話しいただき、深い感動を覚えました。
技術面では、2014年から2016年まで年間4回、重要なポイントを教えていただく研修を実施しました。毎回30人程度が参加し、基本的なところから丁寧に教えていただきました。研修内容のなかでも最大のポイントは雑草対策で、稲葉先生には深水管理などを教わりましたが、驚くべきことに2014年は研修を受けた全員が抑草に成功し、研修の効果を大きく実感しました。それで、“これなら作れる”という手ごたえを感じたことを覚えています。実際に収量も3トンを実現しました。
作ったお米をどこに売るかという販路までは考えていなかったのですが、先ほど鮫田さんもお話しされていたように、認知度もブランドもないまま、いきなり東京で販売しても高値では売れないと考え、まずはいすみ市内でと考えました。市内であれば、安全・安心なお米という観点から、学校給食を通じてぜひ子どもに食べてほしい、有機米を通じて子どもたちに農業のこと、環境のことを知ってもらいたいと思いました。また、学校給食に採用されれば、親や市民に知ってもう機会を得られ、環境配慮型の有機米作りに対して共感や支持を得ることにつながると思い、学校給食への採用を鮫田さんに提案し、市長からも了承を得て、学校給食への採用が始まりました。
さらに翌2015年には学校給食で使用するお米の全量を有機米にすることを目標に掲げましょうと鮫田さんに提言しました。当時、全国ではこうしたことを実現しているところはなく、実現すれば様々な面で大きなインパクトがあると考えたからです。この考えに対し市長も賛同していただき、学校給食で使用するお米の全量を有機米にする方針が決定。これに農家は大変励まされて、「それならやろう」と有機の米作りに取り組む人が増え、2017年には学校給食で使用するお米の全量を有機米とすることが見事に実現しました。
有機農業が公共的・社会的価値を持ち始める
学校給食を通じた有機稲作に取り組んで約10年になりましたが、その間に様々なことを考えさせられました。中でも最近特に感じるのは、有機農業が“社会的・公共的価値”を持ち始めているということです。
有機農業は今に始まったことでなく、これまでも多くの方々が取り組んでこられました。ただ、あくまで社会全体から見れば一部の人の運動として捉えられていましたが、ここにきて生物多様性や環境問題などの課題が浮き彫りになり、それらに対するソリューションのひとつとして有機農業への注目が高まってきたことで、今、有機農業は社会性や公共的性を持ち始めていると感じています。
さらにその流れを加速させ、有機農業をより広める大きなポイントは「公共調達」による売り先の確保だと思います。学校給食を通じた公共調達という点で、いすみ市の取り組みはひとつのモデルになると思います。いすみ市の取り組みを参考にして、有機農業が全国に広がることで農業や地域が活性化していくことを願っています。